1997年(平成9年)8月に名古屋ダイヤモンドホールで行われた単独ライブの模様。
コント「居酒屋」「ストリートに駆ける青春」「医療ミス」「ナベゴロウのゆかいな仲間たち」「人間ウォッチング」「おかんカードチップス、卒業写真カードチップス」「青春記」「さまざまな交通事故の衝撃的瞬間の映像」「観察日記」「クレージー渡辺炎の5番勝負」「4年3組 無童くん」「クレージー渡辺炎の5番勝負 PART2」「同棲」「古里を訪ねて」「OL」を収録。
あのね、なんで今、コレなのか。なんで何年も所持しててここ1年くらいは観てないこのビデオについてなのか。
それはね、突如、山下栄緑について語りたくなったからです。ジャリズムのドロボーの方について語りたくなったからです。(ここ での紹介文がまたおもろい。)
私はジャリズム大好きですが、それを言う際、ほぼ確実に「9割渡辺」とか「むしろ渡辺のみ」とか付け加えるのを忘れない。私のジャリズム好きは渡辺アツムなんですね。ジャリズムは渡辺でもってると思うんですね。でもこれはそうなんですね。私が思うにはもう絶対なんですね。
実際、渡辺はジャリズムが一度解散した後、構成作家として活躍し、「世界のナベアツ」(活動は国内のみ)としてもピンで需要があるわけで、別にジャリズムを再結成する必要はなかったわけです。この際の「必要」ってのは、経済的にとか芸人として。全然ピンでいけるわけです。けど、何故、再結成したのか?同じ相手で。
それはやっぱり、山下じゃないと駄目なんですねー。日本山下ですねー(豚ジャリズム「ナベゴロウ」。もちろん素ネタはムツゴロウ。ちなみにこの日本山下観察シーンでは、獅子舞にまだ出会う前のたむけんも登場)。
山下じゃないと駄目なのです、ジャリズムは。というか、アトゥムの相方は。
あのねー、山下は、ほんっと、ピンでは恐ろしくおもしろくなくて、そのおもしろくなさっていうのは今でもはっきりと覚えているのですが、何年も前のオールザッツで、ジャリズム解散後にピンでネタをしてたわけです。山下が。金髪の外人女性の人形(ダッチワイフみたいなのだったと思う)相手に、外人になりきった山下がなんでかキレて英語風に怒鳴りまくって人形を殴ったり放り投げるような、そんなネタをしてたわけです。で、それはそれは、もう、ほんっっっとーーーーーーーにおもしろくなくて、ありえないくらいスベッててもうスキーでいうなら直滑降っていうかリットン調査団みたいな楽屋ウケみたいなのも無くてもう本当に会場がどえらい空気になってて観るに忍びなくて耐えられなくなってチャンネル替えました。
もう、それくらいおもしろくなかった。
でもね、私がここでチャンネルを替えたのはこれってやっぱり山下が好きだからなんですよねたぶん。観るに忍びない、この耐え難い感情ってのは、どうでもいい芸人だったら沸かないのですよ。「わー、おもんない」と思うだけで普通に観てられる。けど、山下だったから観れなかったのです。ネタを観ててのこんな感情は後にも先にもこの時だけです。
おもしろくないし、やりすぎコージーの山下裁判では最低で最高だったし、もうほんとどうしようもないんだけど、でもやっぱり好きなんですよねたぶん。
解散したのだって山下から言い出したことで、しかもその理由が「芸人としてではなく吉本の社員になりたいから」で、しかも言えばすぐになれると思ってて、いざ言ってみたら普通に入社試験を受けないと無理だとわかり断念したという。あほか!!もうほんと、あほか!!
でも
好きなんですよねたぶん。
再結成した理由に渡辺先生は「山下くんが暇そうだったから」とか言ってますが、それはもちろんそうじゃないわけで、いや、山下くんが暇そうだったのはその通りだと思うけど、理由はそうじゃないわけで、やっぱり渡辺先生も好きなんですよねたぶん。日本山下くんじゃないと駄目な訳なんですよね。
世界のナベアツは、独特のセンスが更に個性的になっており、世界のナベアツの世界が広がっており、これは永遠にゴールデンには出れない系なんじゃないか?という想いを抱かしつつつ、ならジャリズムはというと、M-1(芸暦は中堅だけど再結成したので10年未満。なので出場条件はクリア)では決勝に残るわけもなく、漫才アワード予選では高校生にめっちゃ低い点数をつけられ想定内で落選し、たぶん今後ブレイクすることは有り得ないしジャリズムとしてもそうゆうことは目的としていないんだけど、私の中では未だ一番なのです。